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「低酸素トレーニング」と「高所トレーニング」について②

今回のブログは前回の続きです。「低酸素トレーニング」では赤血球(ヘモグロビン)が増えない代わりに、何が変化し、何が向上するのでしょうか?

 

 近年の研究では「低酸素トレーニング」によって、赤血球数(ヘモグロビン)の増大など血液学的な適応が起こらない代わりに、骨格筋での非血液学的な適応が起こることが報告されています。具体的には、骨格筋内の解糖系や酸化系の酵素活性の上昇毛細血管密度の増大緩衝能力の向上(ランニングエコノミー改善)などがあげられます。

 

したがって、「低酸素トレーニング」は、赤血球数が増えないものの、骨格筋の中での適応を促し、トレーニングの効果を得ることができます。従来、高所トレーニング」などの低酸素環境での運動トレーニングは、持久性アスリートのトレーニングというイメージがありますが、「低酸素トレーニング」では骨格筋の適応が起こるため、近年では球技系アスリートやスプリンターなどのトレーニングとしても有効であると注目されるようになってきています。

 

 前々回のブログ(HIITの効果について)で、RST(Repeated Sprint trainingRST)について少しだけ触れていますが、この項では“低酸素環境下での繰り返し行うスプリントトレーニング(RSH)”についても触れておきます。

 

低酸素環境でのトレーニングの中でも、最近では低酸素環境での繰り返しスプリントトレーニング(Repeated sprint training in hypoxia, RSH)が注目を集めています。低酸素環境において、短いダッシュを短時間の休息を挟み繰り返すRSHは、繰り返しスプリント中の疲労の発現を遅くする効果があります。したがって、RSHは、試合中に疲労状態でスプリント運動を行うことが求められる球技アスリートのトレーニングとして有効であると考えられています。また、「低酸素トレーニング」による骨格筋での適応を促すには、スプリント運動のような強度の高い運動を行うことが推奨されています。これまでには「低酸素トレーニング」において、低強度の持久性運動を持久性運動が主でしたが、近年では繰り返しのダッシュのようなトレーニング(RSH)も有効であることが示されています。

 

 次にスポーツのパフォーマンス向上とは別の効果について(捉え方によってはスポーツパフォーマンス向上にもつながります)説明をいたします。

 

 まず低酸素環境下で運動を行うと、先に述べた“骨格筋での非血液学的な適応”が起こることで、筋肉中のグリコーゲンが積極的に使われます。それが一つの刺激となって、筋肉中のグリコーゲン量の増加が引き起こされます。また、同時に運動時のエネルギーを生成する筋肉中のミトコンドリアが増えることで、脂肪の燃焼能力も向上します。これらの反応は、通常の環境でトレーニングをするよりも、低酸素下では糖の代謝が高まるために、糖尿病などの血糖値が高い方への効果も期待されています。また低酸素には血管を拡張させる作用があります。これは低酸素環境で運動を行うと、血液中の酸素量(動脈血酸素飽和度:動脈中を流れる血液で酸素と結合しているヘモグロビンの割合)が低下する「血液中の低酸素化」が生じます。そのため、筋肉が必要な酸素を取り込むことができるように、血管は一酸化窒素を放出して血管を拡張させます。こういった反応が血圧を下げたり、血管をやわらかくしたりする効果につながると考えられています。

 また「低酸素トレーニング」後は脂肪が代謝され、少ない食事で満足感が得られることが明らかになっています。 運動後に失われた筋肉中のグリコーゲンを補充するためのエネルギーとして脂質が利用され、胃から分泌されて食欲を促進するホルモンの「グレリン」が抑制され、食欲が抑えられます。「グレリン」は運動によって活性度が低くなることがすでに分かっていますが、低酸素の環境で運動すると、より活性が下がるという報告もあります。

「グレリン」の活性度が下がったところで食事をとれば、自ずと食べる量が減るので、減量の効果を期待できますが、食欲の減少は“筋の合成低下”や“疲労からの回復遅延”につながるので、アスリートにとって、このようなデメリットになる点は気を付けたいところです。

 

上記に説明した内容のように、酸素が少ない状態(低酸素環境)だと乳酸が発生しやすく、その環境に晒されることで、スプリント能力や緩衝能力、最大酸素摂取量の向上・改善、また生活習慣病の改善効果や減量などの効果も期待できるものですが、「メリットもあればデメリットもある」この点には注意して、トレーニングに望んでいただきたいと思います。

 

下記に皆さんが日常のトレーニングでも実践できる“呼吸と血中酸素濃度に関するトレーニング”の例をあげております。

是非、参考にされてください。

 

◆フォームを維持した状態で、呼吸を意識して血中酸素濃度をコントロールする

フォームが崩れると脚部へのパワー伝達効率が悪くなります。パワーを維持しようとすると“更なる酸素の供給”が必要となり、呼吸数(量)も増やさなくてはならなくなります。私が実施しているバイクのローラー台を使ったグループセッションやコアを意識したファンクショナルトレーニングは「呼吸リズムと身体の動きリズムを同期」させましょう!と説明しています。体幹と上肢、下肢の連動性は、呼吸を連動させ、動きをコントロールすることで改善させることが可能です。

#コアスタビリテーション # コアアクティベーション

 

◆呼吸をコントロールして身体を動かすトレーニング

自転車のローラー台などを使えば、身体中の酸素状況をSpO2測定機器(パルスオキシメーターなど)でモニタリングしながらトレーニングすることも可能です。「数値が下がる傾向が高い場合は、呼吸が上手くできていない」という事につながります。Sp02の数値を見ながら運動と呼吸をコントロールすると、パフォマンスの維持・向上につながるトレーニングが可能です。

またSpO2測定機器を使えば呼吸を制限する「擬似低酸素トレーニング」も実施できます。

これは水泳のトレーニングでは、おなじみの“ハイポキシックトレーニング(hypoxic training)を応用し、トレーニング中に呼吸制限を加えます。

例えば自転車を一定の回転数/ケイデンス(rpm)でこいでいるときに、ペダリングのリズムに呼吸を合わせて、「吸う/右脚、吸う/左脚、止める/右脚、止める/左脚、吐く/右脚、吐く/左脚」の“呼吸リズム(6拍子)を意識してこぐ”など、SpO2の数値を観ながらトレーニングすることもできます。

 

私事ですが、15年ほど前に特殊環境(低酸素・高酸素)でのトレーニングや呼吸の研究をやりたくて、仕事を辞めて環境シミュレーターがある大学院で学ばせていただく機会がありました。

整形外科で非常勤のアスレティックトレーナーとして勤務し、自らが立ち上げに関わったNPO・総合型地域スポーツクラブを運営しながらの研究でしたが、我儘な私を支えていただいた周囲の皆さまの協力もあって、その際の経験が現在に繋がっております。もちろん私のコーチングにも大いに生かされており、その時の感謝の気持ちを忘れずに、指導にあたらせていただいております。

ブログの更新も頻繁ではありませんが、これからも学ぶことを忘れずに、より良い情報を皆さんに提供させていただきたいと思っています。今回のブログ内容についての関連する文献を下記にあげておりますので、内容にご興味のある方は、チェックしてみてください。

 

参考文献

1.    Wilber RL. (2007) Application of altitude/hypoxic training by elite athletes.

2.    Wilber RL, Stray-Gundersen J, Levine BD. (2007) Effect of hypoxic dose on physiological responses and sea-level performance.

3.    Gore CJ et al. (2013) Altitude training and haemoglobin mass from the optimised carbon monoxide rebreathing method determined by a meta-analysis.

4.    Hoppeler H, Vogt M. (2001) Muscle tissue adaptations to hypoxia.

5.    Faiss R, Girard O, Millet GP. (2013) Advancing hypoxic training in team sports: from intermittent hypoxic training to repeated sprint training in hypoxia.

6.    Lucy K. Wasse, David J. Stensel, J Appl Physiol (2012) Influence of rest and exercise at a simulated altitude of 4,000 m on appetite, energy intake, and plasma concentrations of acylated ghrelin and peptide YY.  

7.     Keiji Yamaji (2017) Does respiratory muscle training improve respiratory functions and sport performance ? : Review of the concept and directions for future research.Tairyoku kagaku. Japanese journal of physical fitness and sports medicine,66(3):171-184