心拍数を活用したトレーニングは、皆さんの感じる主観的な感覚と、心拍数の値から客観的な情報を擦り合わせて、日頃のトレーニングをより適切なものに近づけることができます。しかしながら、運動中の心拍数の応答について正しく理解しないと、心拍数は「トレーニングの味方」ではなく、「大きな落とし穴」になってしまいます。
また心拍数を用いる際には、運動初期や後半での心拍数の応答の特徴や競技レベルによる差を正しく理解する必要があります。心拍数を正しく用いることによって、日々のトレーニングをより良いものに変えていくことができます。
2022年、初回のブログは運動中における心拍数を活用する際のポイント・注意点についてお話しいたします。
皆さんは“運動強度”という言葉を耳にすることがあると思います。“運動強度”とは、言葉の通り運動の強さを表しています。
例えば、ジョギングのような運動は運動強度が低く、「低強度運動」などと呼ばれます。一方で、心拍数が最大に近くなるような速度の速いランニングは運動強度が高い運動であり、「高強度運動」と呼ばれます。端的に言えば、ランニングであれば「速度が遅い=運動強度が低い」、「速度が速い=運動強度が高い」といえます。
“運動強度”と一口に言っても、実際には“絶対運動強度”と“相対運動強度”があります。“絶対運動強度”とは、ランニングで言えばどれくらいの速度で走るかで、誰にとっても不変(=絶対)のものです。例えば、4分/kmというペースは人によってキツさが違います。エリートランナーにとっては、4分/kmは比較的に楽なペース(=低強度運動)ですが、普段運動をしていない人にとっては強度が高く、長時間維持できないペース(中~高強度)です。このように同じ絶対運動強度(=4分/km)なのに、感じるキツさが違うのは“相対運動強度”が異なるからです。トレーニングを組み立てる際の注意点は、“絶対運動強度”(スピード、タイムなど)ではなく、“相対運動強度”(心拍数、最大酸素摂取量、乳酸性作業閾値/LTなど)を基にすることが重要です。なぜなら、前述したように、同じ4分/kmでも人によって“相対運動強度”が異なり、身体にかかる運動刺激が異なるからです。
例えば、ランニングや自転車などで、”強い風が吹いているとき” 、”アップダウンが激しいとき”、”高速で単独走をしているとき”などでは、速度(=絶対運動強度)は運動強度の指標として当てになりません。このような時に、心拍数など“相対運動強度”を用いることが重要です。走行中の”無風の時”と”強い向かい風の時”では、運動のキツさが違うのは、皆さん経験則でよく知っていることと思います。そこで、”強い向かい風の時”に、無風条件と同じくらいの負荷のトレーニングをしようとするならば、ペース(絶対運動強度)を少し落とす必要がありますが、感覚だけで調整していくのは、なかなか難しいと思います。そんな時に、心拍数やパワー(相対運動強度)を用いることで、より適切な強度設定をすることが可能です。例えば、最大心拍数の80%の運動強度で〇〇分走るというようなトレーニングを設定することで、“絶対運動強度”が当てにならない環境でも、狙ったトレーニングをしやすくなります。人はトレーニングによって身体に加わった刺激に応じて適応します。つまり、適切な“相対運動強度”でトレーニングすることで狙った負荷を与えなければ、思うような効果が得られないことになります。
さてトレーニングに心拍数を用いることで、より適切なトレーニング処方に近づけることができることが理解できたと思いますが、心拍数を用いるトレーニングを行う上で、以下3つの注意点があります。このような点を正しく理解しないと、誤ったトレーニングになる恐れがあります。
① 心拍数応答の遅れ
運動をすると心拍数が増加しますが、このような心拍数の応答はリアルタイムでは起こりません。運動開始と同時に身体の酸素需要は大きく上昇しますが、心拍数は運動開始直後にはあまり応答せず、数分程度運動を維持することでやっと酸素需要に見合った心拍数になります。例えば、高強度インターバル走の運動初期には心拍数はあまり上がりません。また持続走の途中でペースを上げた際にも、すぐに心拍数は応答しません。高強度インターバル走や持続走でペースを上げた際の相対運動強度を正しく理解するには、少し時間が経ってから値を見る必要があります。特に、高強度インターバル走では運動初期の心拍数を高く保とうとするあまりに、休憩時間が過度に短くなり、結局インターバル走のペース(絶対運動強度)が過度に低下することがあります。高強度インターバル走では、速いペースで走り、力学的な刺激(大きな力発揮をする)ことも大事ですが、心拍数を誤って使ってしまうと、高強度インターバルの良さが失われることがあります。
② 長時間運動で心拍数が漸増(心拍ドリフト)
一定ペースの長時間運動では、運動開始数分後には心拍数が安定します。一方で、運動を長時間維持すると、ペースが一定であっても心拍数は徐々に増加(漸増)していきます。このような現象は“心拍ドリフト”と呼ばれます。“心拍ドリフト”の原因はいくつか考えられますが、一つには心臓が一回で押し出す血液量の低下(一回拍出量の低下)が考えられます。一定時間あたりに心臓が送り出す血液量(心拍出量)は、心拍数と心臓が一回で押し出す血液量(一回拍出量)で決まります。このうち、一回拍出量が低下するとそれを補うために心拍数が増大します。したがって、身体全体が必要としている心拍出量(≒酸素需要)が一定でも、“心拍ドリフト”により心拍数が増大することがあります。ここで一定ペースの長時間運動中に心拍ドリフトによる心拍数の増大に応じて、ペースを下げていくと狙ったトレーニング負荷より低くなってしまうことがあります。そこで、一定ペースの長時間運動では、心拍数の漸増(心拍ドリフト)は無視して、一定ペースを維持することが重要です。
③ 競技レベルによる違い
心拍数を相対運動強度の指標として用いる場合には、競技レベルによる差を考慮しないと正しい運動強度でトレーニングできなくなります。一般的に競技レベルが上がるほど、同じ相対運動強度で運動を維持できる時間が長くなります。例えば、最大心拍数の85%という同じ相対運動強度でも、競技レベルの高い選手は30分走ることができますが、競技レベルの低い選手は20分しか走れないということが起こります。そこで、自分より競技レベルのかなり高い人のトレーニングを参考に、相対運動強度を合わせる場合には運動時間を少し抑える必要があります。このような点を抑えておかないと、「ペース走を狙った時間維持できない」、「通常の低強度ジョグでトレーニング負荷が高くなりすぎて過度に疲労してしまう」ということが起こってしまいます。
皆さんがお持ちの心拍計を上手に使い、心拍数の値を正しく用いて、日々のトレーニングをより良いものにしてください!