多くの研究でランニングエコノミーと長距離パフォーマンスには、深い関わりがあると報告されています
(Di Prampero et al. ,1993;Weston et al. , 2000)。
ランニングエコノミーの向上には持久性トレーニングが有用であると言われていますが、競技歴が長く、競技力の高い長距離選手は、単純な持久性トレーニングではランニングエコノミーの向上が小さいとされています(Saunders et al. ,2004)。
そこで近年、そのような長距離選手のランニングエコノミー向上に有用なトレーニングとして“ストレングストレーニング”が注目されています。
ところで皆さんは“ストレングストレーニング ”という言葉をご存知でしょうか?
ウエイト(筋力)トレーニングの事と思われがちですが、実際は、筋力、パワー、筋持久力のみならずスピード、バランス、コーディネーション等の筋機能が関わる“すべての体力要素に不可欠な能力の向上を目的としたトレーニング”のことを総称して“ストレングストレーニング”と定義します。
これは、単に力発揮の大きさの向上だけでなく、状況に応じて適切に筋活動をコントロールするための“神経-筋系全体の能力”の向上を意味しています。
ストレングストレーニングにはウェイトトレーニングだけでなく、ストレッチングやスピード&アジリティトレーニング、プライオメトリクストレーニングなども含まれます。長距離走は持久的な運動と言われていますが、筋力や弾性エネルギーの利用なども重要な役割を果たしています(Paavolainen et al. ,1999)。ストレングストレーニングを行うことは、これらの無気的な能力を向上させ、結果的にランニングエコノミーが改善されることが示唆されています(Bulbulian et al. ,1986:Houmard et al. ,1991)。
しかしながら、長距離選手の中にはストレングストレーニング、特にウェイトトレーニングをあまり行わない人も多いと思います。果たして長距離選手はウェイトトレーニングをはじめとしたストレングストレーニングにはどのような効果があるのでしょうか?
実際に“ウェイトトレーニング”および“プライオメトリクストレーニング”を用いた研究についてお話をしていきます。
ウェイトトレーニング
多くの研究報告において、“ウェイトトレーニング”を行うことにより、力の立ち上がり速度が向上したり、相対的な力が減少したりすることでランニングエコノミーが向上することが示されています。
Storen et al.の研究(2008)では、継続的にトレーニングしている長距離選手を対象に8週間の高重量ウェイトトレーニングを行ったところランニングエコノミーが向上したと報告しています。さらに,Millet et al.の研究(2003)では、エリートトライアスロン選手(平均最大酸素摂取量が69 ml/kg/min)を対象とした実験で、ウェイトトレーニングと持久性トレーニングを組み合わせて行うことにより、持久性トレーニングのみ行った場合と比べてランニングエコノミーが、より向上したことを報告しています。これらはウェイトトレーニングを行うことによってランニングエコノミーが向上する可能性を示唆しています。
プライオメトリクストレーニング
“プライオメトリクストレーニング”とは、バウンディングやジャンプ、ホッピングなどに代表される、極めて短時間の運動であるとともに、高負荷型の反動動作を伴ったトレーニングです(図子,2012)。
このプライオメトリクストレーニングは運動単位(1つのα運動ニューロンが神経支配する筋繊維数)の増加および筋腱系のスティッフネスの向上による弾性エネルギーの貯蔵および利用の効率化がなされ、そのことによるランニングエコノミーの向上が期待できます(Paavplainen et al. ,1999;Spurrs et al. ,2003;Turner et al. ,2003)。
Paavolainen et al.(1999)は神経筋的機能の向上によりランニングエコノミーが改善することを提唱しており、実際に習慣的にトレーニングを行っているランナーを対象に9週間のプライオメトリクストレーニングを行わせ、その結果ランニングエコノミー、および5kmの記録が向上したことを報告しています。同様に、6週間のプライオメトリクストレーニングによってランニングエコノミー、3kmパフォーマンス、筋腱系のスティッフネス、力の立ち上がり率が向上したという報告もあります(Spurrs et al. ,2003;Turner et al. ,2003)。
これらのことから、プライオメトリクストレーニングは神経筋的能力の向上を介してランニングエコノミーの改善が期待できると考えられます。また下記のランニングエコノミーに関するメタアナリシス論文においても、長距離競技選手の“ストレングストレーニング有用性を示唆しています。
※699の論文の中から、重要な5つの条件をクリアした5つの論文を抽出し分析
最後に、エリートランナーやエリートトライアスリートを対象としたランニングエコノミーとストレングストレーニングに関わる研究報告は、まだまだ少なく、さらなる研究が行なわれる事が待たれている状況です。またウェイトトレーニングやプライオメリクストレーニングは間違った方法で行うと、ケガや故障のリスクを伴うこともあり、行う際には必ず、適切な知識を持ち、適切な指導を行える専門家の下で行うことをお勧めいたします。
参考文献
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https://www.nsca-japan.or.jp/01_intro/sandc.html
Paavolainen,L.,Hakkinen,K.,Hamalainen,I.,Nummela,A.,and Rusko,H.(1999)Explosive strength training improves 5-km running time by improving running economy and muscle power.J.Appl.Physiol.;86(5):1527-33
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