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持久性アスリートにおける筋力トレーニングの重要性

過去、“筋力トレーニングによって骨格筋が肥大することは、筋力アップにつながり一部のアスリートにとって好ましい変化であるが、持久性アスリートにとっては、必ずしもポジティブな効果があるとは限らない”と言われてきました。その理由として大きく2つの要因が考えられます。

 

① 骨格筋が肥大して筋重量が増えると運動の効率(RE /ランニングエコノミー)が低下する。これは四肢の重量が増えると末端が振り回しにくくなり(モーメントが大きくなる)、同じ運動をするのにより多くのエネルギーを必要とすることになる。

 

② 骨格筋が肥大すると骨格筋細胞内での酸素やエネルギー基質の移動(拡散)する距離が長くなり、酸素やエネルギー基質を効率的に使いづらくなる。

この2つの要因が、持久性アスリートが骨格筋を肥大させることは、運動パフォーマンスにネガティブに働く可能性があると考えられ、高強度の筋力トレーニングが敬遠させてきた理由と考えられます。

 

“筋力トレーニングは持久性トレーニングの効果を阻害しない”だけでなく、近年の研究では、筋力トレーニングと持久性トレーニングを組み合わせることで持久性能力をさらに高め、ケガの予防につながるという報告が多数あります。

 

Millet et al (2002)の報告ではトライアスロン選手を対象として筋力トレーニングと持久性トレーニングを組み合わせた際の効果を調べています。

その結果、持久性トレーニングのみを行った場合と比べ、筋力トレーニングと持久性トレーニングを組み合わせた際に、VO2max時の疾走速度(vVO2max)や最大下強度でのランニングエコノミー/REがより向上したことが挙げられています。つまり、筋力トレーニングと持久性トレーニングを組み合わせることで、より効果的に持久性運動能力が高まることを示唆しています。

 

この実験では、最大挙上重量(1RM)の90%以上の重量を3-5回持ち上げるトレーニングを3-5セット行っています。これは、一般にパワー系アスリートが行うものと同等の内容です。

したがって、この研究からは、これまで現場で行われてきたような自重に近い重さのスクワットを100回など低負荷・高回数の筋力トレーニングではなく、最大挙上重量に近い重さスクワットといった高負荷・低回数の筋力トレーニングでの効果を調べたものです。近年の研究では、持久性アスリートでもパワー系アスリートと同等の高負荷の筋力トレーニングを行うことで多くの効果が期待できるという報告がなされています。

上記の報告では、高重量のウエイトトレーニングが持久性運動能力を高めることが示唆されましたが、トレーニング施設などに通う必要があり、全ての市民ランナーが取り込めるものではありません。そこで、次に自重負荷を用いた筋力トレーニングの研究をご紹介します / Spurrs et al (2003)。

この報告では、一般の長距離ランナー(VO2max: 57 ml/kg/min)を対象としてプライオメトリックトレーニング(2-3回/週)と持久性トレーニングを組み合わせた際の効果について調べています。

プライオメトリックトレーニングとは、ジャンプやバウンディング、ホッピングなど自重負荷ですが、最大努力で行う筋力トレーニングのことです。

Spurrsらの実験の結果、持久性トレーニングのみを行った場合に比べ、プライオメトリックトレーニングと持久性トレーニングを組み合わせた際に、3000mTTのタイムとランニングエコノミーがより向上したことを報告しています。

さらに、Saunders et al (2006)は、エリート長距離ランナー(VO2max: 68-70 ml/kg/min)を対象としてプライオメトリックトレーニング(3回/週)と持久性トレーニングを組み合わせた際の効果を検討しています。

その結果、持久性トレーニングのみを行った場合と比べ、プライオメトリックトレーニングと持久性トレーニングを組み合わせた際に、ランニングエコノミーがより向上したことを報告しています。

これらのことから、プライオメトリックトレーニングと持久性トレーニングを組み合わせることで、持久性運動能力をより効果的に高めることができることが示唆されています。

またこの報告で特筆すべきは、このプライオメトリックトレーニングによる効果は比較的短い期間(6〜9週間)で達成されているという点です。つまり、これらのトレーニングは1〜2ヵ月取り組むことで効果を期待できるということです。

 

次に筋力トレーニング、ストレッチ、固有受容器トレーニングの3種類の運動の傷害予防効果について、過去に発表された25本の論文(被験者総数26610人、傷害数3464)のデータを用いてメタ分析を実施した結果は

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24100287/

 

・ストレッチには傷害予防効果が見られなかった。

・固有受容器トレーニングと筋力トレーニングには傷害予防効果が見られた。

・筋力トレーニングは傷害数を1/3以下まで減少させる効果が見られた。

また、3種類の運動を組み合わせた場合も傷害予防効果が見られたが、その効果は“筋力トレーニングを単独で用いた場合ほどでは無かった”と報告されています。

 

さらなるパフォーマンス向上を目指す方、ランニングを継続する中でケガを繰り返し起こす方、日々のランニング以外に、筋力トレーニングを取り入れてみてはいかがでしょうか?

 

参考文献

1.   Kraemer et al. 1995. Compatibility of high-intensity strength and endurance training on hormonal and skeletal muscle adaptations.

2.   Millet et al. 2002. Effects of concurrent endurance and strength training on running economy and VO2 kinetics.

3.   Spurrs et al. 2003. The effect of plyometric training on distance running performance.

4.   Saunders et al. 2006. Short-term plyometric training improves running economy in highly trained middle and long distance runners.

5.   Paavolainen et al. 1999. Explosive-strength training improves 5-km running time by improving running economy and muscle power.

6.   Mikkola et al. 2007. Concurrent endurance and explosive type strength training improves neuromuscular and anaerobic characteristics in young distance runners.

7.   Rønnestad et al. 2011. Strength training improves 5‐min all‐out performance following 185 min of cycling.

8.   Rønnestad et al. 2010. In-season strength maintenance training increases well-trained cyclists’ performance.

9.   Rønnestad et al. 2011b. Effects of in-season strength maintenance training frequency in professional soccer players.